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森内俊之

ライバル羽生善治 同学年。奨励会入りも同時。しかし森内俊之九段にとって、羽生九段はいつも先を行く存在でした。もちろん森内九段が弱かったわけではありません。実際彼が全棋士参加の公式戦、第7回全日本プロトーナメントに優勝した時の年齢は若干18歳5ヶ月で、それは新人棋戦を除く全公式戦において史上4番目の若さでの勝利でした。 ライバルより先に永世名人へ 森内九段が初めてタイトルに挑戦した時の相手はライバル羽生九段。二人とも25歳の若さでしたが、羽生九段は既に7冠王でした。その対局では大きな実力の差を感じながら敗北しますが、しかし彼の飛躍はそこからでした。31歳で初タイトルとなる名人位を獲得。この名人位は2007年に通算5期目を獲得し、ライバル羽生九段に先駆け永世名人の資格を得ることになりました。

村山聖

早熟の奇才 映画や漫画など多くのメディアで取り上げられたのでご存じの方も多いと思いますが、1998年に29歳の若さで亡くなった村山聖は、まさしく早熟の奇才でした。持病のネフローゼ症候群のため満足に小学校にも通えない状態の中で、奨励会入会からプロ入りまで僅か2年11ヶ月。これは谷川九段や羽生九段をも超えるスピードです。 癌との闘い 病気と闘いながらもキャリアを積み、タイトル戦にも登場。A級にも一度は昇級しますが、しかし1997年に膀胱癌に冒されていることが判明します。手術はいったん成功したものの、翌年に転移が見つかり1年間の療養を発表。完治してからの完全復帰を目指す道を選択しますが、しかし同年8月に帰らぬ人となりました。羽生九段との通算成績は6勝7敗。天才相手にも全く引けは取りませんでした。

谷川浩司

天才の登場 その後に羽生九段が放った余りに眩い光に隠れてしまいましたが、谷川浩司九段の登場は当時の将棋界に大きな衝撃を与えました。まさしく天才の登場でした。史上2人目の中学生棋士としてプロデビュー。わずか21歳で彼自身の初タイトルを、史上最年少名人位として獲得したのです。名人位は最速でも獲得する5年前から順位戦に参加しなければならず、21歳で名人位に就くには15歳までに三段リーグを抜ける必要があります。これがどれ程凄いことかは将棋をご存じの方ならご理解頂けるでしょう。 羽生という新しい波 順調にタイトルを獲得し、1992年には史上4人目の4冠も達成した谷川九段ですが、その内3つのタイトルを8歳年下の羽生九段に奪われてしまいます。そして羽生九段は七冠棋士となり、羽生時代を築きました。

藤井猛

将棋界に革命を起こした男 現在でこそ藤井と言えば「聡太」と言われますが、しかし長い間藤井猛九段こそ将棋界の藤井の代名詞でした。なぜなら、彼は将棋界に革命を起こしたのですから。そうです、あの「藤井システム」によってです。 圧勝で竜王位を獲得 藤井九段が藤井システムを開発した頃、将棋界を居飛車穴熊という戦法が席巻していました。トップ棋士が居飛車穴熊を指した時の勝率は7割以上にも及び、羽生九段に至っては9割を超えていました。つまり藤井システムは、居飛車党に対する振り飛車党からの強烈な一撃だったのです。相手が穴熊に組む前に総攻撃をかけるその戦法は当初はただの奇襲と見られていました。しかし藤井九段が竜王位を圧勝で勝ち取ることで、そのシステムの実力を天下に知らしめたのです。

羽生善治

史上最強の棋士 「史上最強の棋士」論争で恐らく真っ先に挙がるであろう名前が羽生善治九段です。現在こそタイトルを失っていますが、今年6月には公式戦通算最多の1434勝を記録。故大山康晴十五世名人が69歳で達成した記録を弱冠48歳で塗り替えたのです。このままいけば空前絶後の生涯2000勝も夢ではありません。 平成に将棋ブームを巻き起こす 史上3人目の中学生棋士としてデビューした羽生九段は、平成元年19歳で初タイトルを獲得。8年には史上初の全7冠独占という圧倒時な強さを見せ、平成の時代に将棋ブームを巻き起こしました。30年には27年ぶりに無冠となりましたが、同年国民栄誉賞も受賞し今後の巻き返しが期待されています。故大山十五世名人のように、50、60代になってもきっと多くの勝ち星を積み上げていくことでしょう。

豊島将之

史上初平成生まれのプロ棋士 藤井七段以前の若き天才棋士と言えば、豊島将之名人です。三段昇段、公式戦出場記録は共に藤井七段に抜かれるまでの最年少記録。 史上初の平成生まれプロ棋士として、将来を期待されました。 そして名人位へ プロ入り当初は勢いそのまま破竹の快進撃を続けます。そして2009年には定員7名の狭き門である王将リーグ入りを果たします。十代でのリーグ入りは史上3人目で、あの羽生九段でも成し得なかった記録です。豊島名人のタイトル獲得は直ぐそこだと思われていました。 しかし豊島名人は勝てませんでした。2010年度の王将位挑戦以来3度あったタイトル挑戦全てに敗北を喫します。しかし遂に2018年棋聖戦で勝利。一度壁を破るとその後は実力を遺憾なく発揮。同年に王位、そして2019年には遂に名人位を獲得するのです。

渡辺明

現役最強棋士 現在最多のタイトル数を保持し、現役最強とも言われる渡辺明三冠。その背中を追う羽生九段同様彼も早熟の天才児で、羽生九段に続く中学生棋士として15歳でプロデビューしています。初めてのタイトル挑戦は19歳の時でこれは史上3番目の若さ。全盛期の羽生九段を1勝2敗の土俵際まで追い込みますが、結果は惜敗でした。 初代永世竜王 しかし翌年再びタイトル戦に渡辺三冠は姿を現します。将棋界の二大タイトルの一つ、竜王戦です。そしてその対極に見事勝利を上げ、史上3番目の若さでの竜王位獲得。自身初のタイトルを手にします。その後渡辺三冠は、竜王位を5連覇し初代永世竜王の資格を取得します。現在こそ失っていますが、渡辺三冠ほど竜王のタイトルが似合う棋士はいないのです。

永瀬拓矢

「ポスト羽生」を目指し 先日おこなわれた王座戦に勝利し、見事叡王に続くタイトルを達成した永瀬拓矢二冠。まだ27歳という若さでの2冠獲得でもあり、混迷の続く「ポスト羽生」の最有力候補に飛び出した、と言ってもいいかもしれません。元々現行三段リーグ制度導入以降では、当時4番目の年少記録でのプロ入りを果たした期待の才能が、ここに来て完全に開花した感があります。 その名を知らしめた「電王戦FINAL」 永瀬二冠の名を世に広く知らしめたのが、あの「将棋電王戦FINAL」でした。多くの棋士が屈辱に甘んじたこの一連の大会の中で、彼は角不成という将棋AIのバグをつく手を繰り出し、勝つことに拘った棋譜を残したのです。その気概が後の叡王、そして今回の王座獲得に繋がったといってもあながち間違いではないと思います。

木村一基

天才の影に埋もれた才能 木村一基王位のことを「解説の面白いただのおっさん」だと思っていた方もいるかも知れません。しかし若き日の木村王位は、その将来を大いに嘱望された期待の若手棋士でした。その証拠に彼が2001年に残した勝率8割、60勝以上を同時に記録したのは、後の藤井七段しかいません。そんな彼にとって不運だったのは、彼が活躍した時代があの天才の全盛期だったことです。そう羽生九段です。 おっさんの希望の星 羽生九段によって跳ね返された幾多のタイトル戦も含め、木村王位は6回のタイトル挑戦に失敗します。気づけば46歳。それまでのタイトル獲得最年長記録は37歳です。しかし不屈の、まさしく不屈の闘志で2019年王位戦まで辿り着いた木村王位は、若き豊島名人を4勝3敗で下し見事タイトルを獲得したのです。

広瀬章人

史上初の大学生タイトル保持者 将棋のプロと言う厳しい世界に所属しながら、早稲田大学を卒業した秀才、広瀬章人竜王は、まさしく秀才というイメージそのままの棋士です。しかしそれ故に若干のひ弱さを感じる部分がありました。それは2010年史上初めて大学生で初タイトルを獲得して以降、8年間もタイトルを獲得できなかったところから来ている部分もあり、またその優しい物腰から来ている部分もあります。しかしその内にはやはり勝負師の魂が眠っていたのです。 悲願の竜王獲得 無冠の8年間、広瀬竜王の前に大きく立ち塞がったのは羽生九段でした。王位を奪われたのも羽生九段。そして2015年再びやってきた王位戦でも羽生九段に敗北を喫します。しかし2018年ついに羽生竜王からタイトルを奪い、積年の無念を晴らすことになったのです